お慈は坂氏の訝しげな眼差しをものともせずに受け止めると
「私──時折 思うことがあるのです」
ふいに静かな口調で切り出した。
「もしも、信長様が美濃との戦に勝利出来ず、このままこの小牧山で燻り続けてゆくようであれば、いっそのこと……美濃の龍興殿に寝返った方が良いのではないかと」
「 !? 」
「亡き道三殿より続く美濃の強大な勢力は、今も尚健在にございます。新たに城を築いたところで、ひと月やふた月足らずで勝てるような相手ではございませぬ。
万が一にも、殿が戦に敗れるような憂き目にお合いするようなことにでもなれば、その時は我ら側室とて共倒れではございませぬか」
「……」https://technewstop.org/botox-aftercare-essential-tips-for-optimal-results/
「坂様も、来るべき時の備えだけは、しておいた方がよろしいかと」
「…備え…」
お慈は嫣然と笑ってみせると、冷や汗をかいている坂氏の耳元に、そっと囁きかけた。
「私に一つ、良い考えがあるのですよ」
一時は回復に向かったかに見えた天候も、濃姫たちが一旦御殿に戻るや否やまた急激に崩れ始め、
半刻もすると、桶の中の水をひっくり返したような激しい大雨が小牧山全体を襲った。
これにより重陽の祝宴は完全にお開きとなった訳だが、視界を遮るほどの雨と、地面の泥濘により、
集まった側室たちは私宅へ戻ることが叶わず、急遽 濃姫たちが住まう奥殿内に部屋が用意され、
思いがけずも、信長の妻妾が同じ屋根の下で一夜を明かす事態となったのである。
だが、同じ日の夕刻。
もう一つの思いがけない事態が、濃姫を更にも増して驚かせることとなった。
「──お方様!何卒、あのお慈殿とやらをきつくご処罰下さりませ!」
「あのようなおなごが殿の愛妾の座におられるなど、危険過ぎまする!」
「私も皆様と同じ意見にございます!」
「私もでございます!」
何と、お慈の処分を求めて、側室の坂氏、お養。
そしてお澄、お葉(ふさ)ら宴に招いた女たちが、皆 雁首(がんくび)を揃えて濃姫の御座所に乗り込んで来たのである。
部屋の上座に座す濃姫は、そのあまりの勢いに、傍らの三保野やお菜津と共に若干たじたじとなっている。
「…お、落ち着いて下さりませ皆様方!ともかくお静まりを!」
騒ぐ側室たちを三保野が一旦落ち着かせると
「して、それはまことなのでございましょうか? あのお慈様が、美濃へ寝返りを図ろうとしている謀反人だというお話は」
お菜津が冷静な口調で問い返した。
下座に控える一同は、力強く首をひと振りする。
「間違いございませぬ! 昼間、例の雷雨によって宴が中断してしまった折に、木の下で難儀を凌いでいた私にお慈殿が申したのです。
“ 万が一、殿が美濃との戦に敗れるようなことになれば、我ら側室も共倒れになる ” “ 美濃の龍興殿に寝返った方が良い ” と!」
「そのような遺憾なことを、あのお慈殿が!?」
坂氏の告白に、三保野はわっと双眼を丸くする。
「それにこうも申しておりました。 “ 自分には美濃に手引きしてくれる者がおる故、こちらの心根一つで敵になるも味方になるも自由 ”。
“ 今なれば、すぐにでもここから抜け出し、安全に稲葉山の城まで参れる特別な手段がある故、決断するならば早い方が良い ” と」
「 ! 何と…、何ということじゃっ」
三保野は思わずうち震え
「それが事実だとすれば、お方様、お慈様はもしや……龍興殿が送り込んだ間者なのでは!?」