「ハンベエはこの私なんか赤子扱いするくらい強いのよ。でも貴方はその私に手も足も出ないザマじゃないの。ハンベエをどうしても赦せないと言うなら、十年も苦行を重ねて出直して来いって話よ。元同じ十二神将の仲間として言わせてちょうだい。命はね、粗末にするものじゃないわ。ヤケになっても何も良い事無いのよ。それに王女様もハンベエもみんな本当は優しい人よ。もっと物事を良く見て、良く考えた上で行動するべきだと思うの。折角生き残ったのだから。」
そう言うと跳び下がって元の位置に戻っていた。
チャードは崩れるように呆然と尻餅を突き、それから悔しそうに地べたを叩いた。か弱い小娘にしか見えないハイジラにやり込められて、自尊心もズタズタであろうと思うと気の毒にも思えて来る。
その時にはハイジラはチャードに背を向け、スタスタとハンベエとロキの所に戻っていた。
一部始終を見、ハイジラの言葉を全て聞いていたハンベエとロキは唖然としてハイジラの顔を姿を見直していたが、ハイジラが促すような仕草をしたので、一緒に『キチン亭』に向かって歩き出した。押っ魂消たのであろう。二人とも宿に着くまで、何一つ言えずにいた。 『キチン亭』に着いた後、ハイジラは三人で食卓を囲み、ハンベエがロキに話して聞かすキューテンモルガンの一件に朗らかな笑い声を上げ、その後ロキが話すザックやモンタ達孤児連とのイキサツを興味深そうに聞き入っていた。
そうして、二時間以上を二人と過ごし、足取り軽く王女の下に帰って行った。
「本当に今日ほど驚いた事は無い。」
ハイジラが去った後、思わずハンベエとロキは異口同音に言った。こんな時にも息の揃った二人ではあった。
その後、チャードの姿をゲッソリナで見掛ける事は無かった。 『御前会議』の開催までは更に十日を要した。タゴロロームからヘルデンとボルミスを呼び出すのに急使を走らせ、即刻ゲッソリナに急行させてもそれだけの時日を要するのだ。この二人が到着して漸く王女軍の主立った領袖の勢揃いとなった。
事前にモルフィネスから王位継承後の家臣団の配置が王女エレナの内意として領袖達に伝えられた。その配置にハンベエは入っていない。ハンベエはイザベラ一味と共に去る予定なのだ。
ドルバスやヘルデンがハンベエが王女エレナの下を去る事に難色を示した。何せ、ハンベエなればこそと特に肩入れして命を張って来た思いの強い人物達だった。そのハンベエが途中下車のように王女軍を離れ、自分だけ別の戦に向かおうとするのが置いてけぼりと喰らったように感じるものが有るらしく、自分等も付いて行くと言い張ったのだ。
この説得にはハンベエ自身が当たらなければならなかった。
分けてもドルバスの説得はハンベエにとっても相当骨の折れる作業であった。
「この俺は、ハンベエの片腕としてどこまで付いて行く覚悟で今まで行動を共にして来たのであって、別に地位や褒美が欲しくてやって来たんじゃない。ハンベエという男を後押しするのが一番の目的なのだ。」
と今後も行動を共にする事をかなり強硬に主張した。
「ふう、貴公には何時何時も苦労ばかり押し付けて申し訳なく思っている。しかしよう、ドルバス。タゴロロームに始まって、兵士達の不満を汲み軍を統率して来たのは貴公じゃないか。戦の無くなったこの国で俺の出番はもう無い。と言って、兵士達をほったらかしには出来ない。貴公以外の誰が兵士達を押さえ込めるんだよ。」
「ハンベエが残るなら、俺も残る。ハンベエの下でなら、兵士の面倒も見ようぞ。それだけじゃ。姫君もハンベエを粗略にはせぬはずだろう。」
「そりゃあ、王女が俺を粗略にする事は無いだろうさ。