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Yuji's Blog

籠と馬とが、来た時と同じ隊列を作る

籠と馬とが、来た時と同じ隊列を作る。

 

鷲尾はゆっくり馬を進めながら、多賀家の屋敷を振り返った。

 

それからまたーー前を見つめた。

 

 

 

 

「何でも高島の嫡男の信継様が寵姫と宇都山の先にお出掛けになるらしいよ」

 

「へえーこの年の瀬にねえ」

 

「蠟梅を取りに行くんだと。町で噂になってる」

 

「それにしても初心だという噂が天下にまで轟くあの信継様に寵姫がねえ」

 

「はは…八みたいな女嫌いではなかったわけだな」

 

「…」

 

高島の裏庭でーー気分よく親子遊 庭を散策していた芳輝は、加代と弥七と八の会話を聞いてしまう。

 

まだ3人は芳輝の存在に気づいていない。

 

 

弥七は声を落とした。

 

「その”寵姫”とやらがーーど~も桜みたいなんだよなあ」

 

「えっ…」

 

「…」

 

加代が持っていた洗濯物を落とし、八は銀を洗っていた手ぬぐいを落とした。

 

「嘘だろう、弥七」

 

「特徴が似てんだよ。

あの時も、たった1日ここ多賀にいてーー攫われただろ。

 

桜って、やっぱり訳ありなのかな」

 

「…」

 

八は銀を見つめる。

 

「芳輝様の耳には入れないでおきなよ、あの騒ぎの時大変だったろ。

芳輝様はきっと桜をーー」

 

加代が声を潜める。

 

「…」

 

芳輝はそっと踵を返した。

 

ーーそう、桜がーー

信継殿のーー

 

寵…姫?

 

腹の底がカッと熱くなる。

 

まさか。

 

まさかだ。だが…

 

「…」

 

芳輝は何やら考え事をしながら、そっと自室に戻ったのだった。「寒くはないか」

 

密着した背中。温かい信継。

 

すぐ後ろから聞こえるいい声ーー父に似たその声に、詩の心の臓は何故かうるさくなる。

 

「はい…」

 

真新しい母衣にすっぽり身を包み、その後ろからは大柄な信継に囲うように守られーー詩は寒さなど感じることはなかった。

 

「…疲れていないか」

 

「はい、大丈夫です…」

 

年の瀬で早朝から活気のある城下を駆けてーー信継と詩は宇都山のふもとに来ていた。

城下では、年末だからか朝からたくさんの町人が道に出ており、信継と詩を好意的な笑顔で見ていた。

まるで、見送りでもしてくれたかのように。

 

「宇都山の向こうの街道沿いに温泉宿がある。

 

今日は街道沿いを一緒に散策しよう。

今宵はその温泉宿に泊まって、明日早朝蠟梅を取って高島に戻ろうと思っている」

 

真白をゆっくりと歩かせながら、信継は呟いた。

 

すぐ耳の後ろ、上方から聞こえる声。

耳に忍び込むような低い声に、詩は落ち着かない気持ちになる。

 

何故だろう?安心なのに、ドキドキもする。

声がすごく、好きな声だから?

そんな不思議な気持ちにーー

 

「桜?」

 

「…っはい」

 

「思うことがあるなら遠慮なく言ってくれ」

 

「…」

 

心配が滲む声色。

考え事をしていてすぐに返事をしなかったから信継に心配をかけたのだと詩は思い至る。

 

詩は慌てて後ろを振り仰ぐ。

 

「…!」

 

と。

信継が前かがみになっていたため、思ったよりお互いの顔が近く、ドクンと心臓が跳ねた。

 

「…っ」

 

真っ赤になった信継が咄嗟に上体と顔をのけ反らせる。

 

「…!」

 

バランスが悪くなり、真白がいななき、前足を少し上げた。

 

「…っ!」

 

「…どうー…どうー…」

 

信継は詩をグッと抱き込むように抱きしめ、手綱を繰る。

 

真白はすぐに穏やかに立ち止まった。

 

「すまん、大丈夫か」

 

信継はひらりと真白を降り、あっという間にさっと詩を抱き上げーーそっと地面に降ろす。

 

「…っ」

 

まるで子どもみたいに、脇に手を差し込まれて、軽々と下ろされる。

 

「桜?」

 

大柄な信継が詩を心配そうに見ている。

 

詩はチラと信継を見上げ、赤くなって首を小さく振った。

 

「痛いところがあるのか」

 

「…いえ、大丈夫です…」

 

「…」

 

信継は少し困ったような顔で詩を見下ろしている。

 

「…」

 

どこかぎこちない雰囲気に、詩はいたたまれないような気持ちになる。

 

「…休憩しよう」

 

信継は真白の背をポンポンと叩くと、詩を促して歩き始める。

 

詩は信継の後ろをついて行った。

 

風は止み、高くなってきた陽が、穏やかな日差しと温もりを届けてくれる。

 

真白はゆっくりと歩き、うすく積もった雪の中に鼻を突っ込んでいる。

 

少し歩くと、道沿いに茶屋がぽつんとあった。

 

信継が振り返る。

 

「あそこで休もう」

 

「はい」

 

ニコッと笑う信継。

 

太陽みたいなーー笑顔。

 

詩は思わず見とれてしまって、それから目を伏せた。

 

明るくて、まっすぐでーー

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