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Yuji's Blog

牙蔵は籠に向かっ

牙蔵は籠に向かって一歩ずつゆっくりゆっくり近づく。

 

信継と詩はもういない。

その気配は大通りに戻っている。

 

籠の前で立ち止まると、牙蔵は御簾を刀でスッと持ち上げる。

 

「…ひっ…」

 

中では若い姫が震えていた。

 

「…」

 

牙蔵はニヤリと笑って見せる。

 

「…二条の香姫」

 

「…っ」

 

美しく気品のある二条家の姫君が、期指按金 香港今や味方を全て失って、自分の正体もバレ、為すすべもなく震えている。

 

牙蔵はそのまま御簾を刀でグイっと引きちぎった。

 

「…っ」

 

香は、ぶるぶると震えて、身を縮こまらせている。

 

「…高島の女に手を出す意味」

 

牙蔵が低く言うたびに、香はビクビクと震えている。

 

「…それがどういうことか、教えてやろうか」

 

一瞬見た。

牙蔵と目が合った香は、そのまま気絶したかった。

 

人間がーーこんなに冷たい目をしているものか。

 

鬼ーーこの美しい男は鬼だ。

敵に回してはいけない、この世のものではない、恐ろしい鬼だ。

 

もう、…終わりだ。

きっとここでーー殺されてしまう…。

 

父母にはもちろん、鷲尾にすら、行先を告げずーー二条の手練れの忍から紹介された忍集団に任務を依頼していた。

この目で、あの女の苦しむ姿を見るために、のこのことこんな場所にまでーー

 

香は諦めたように茫然とする。

その頬は涙で濡れている。

 

「…お前はどうしたい?」

 

牙蔵は冷たく香を見下ろす。

 

「まだ、桜を苦しめたいのか?」

 

香はブンブンと首を振った。

 

「…申し訳…なかった…

 

もう、二度とこんなことはーー」

 

「…そう。

 

それならお前のは無事だ」

 

心から後悔し、落胆した姿に、牙蔵は小さく笑って、刀を納めた。

香はホッと息をつく。

冬なのに、冷や汗が背筋を伝っていた。

 

「…あとは」

 

「はっ…かたじけのうございます…」

 

香が驚きに目を少し開くと、籠の中を鷲尾が覗き込んだ。

 

「…」

 

鷲尾は怒っていた。

 

香は気まずいながらも、鷲尾に手を伸ばす。

 

「鷲尾…来てくれていたのか」

 

鷲尾は伸ばされた香の手を無視する。

 

「姫様…

 

二条の忍が直接動かなかったのはなぜかおわかりですか」

 

「…」

 

「私も聞くまでは知りませんでした。

 

高島の忍には到底かなわないからです…」

 

「…っ」

 

「国と国との戦に発展してもおかしくないことをーーあなたはなさったのです」

 

「…」

 

「まさか姫が、私欲のためにーー無力な…罪のない人を傷つける指示をするとは」

 

「…す…すまぬ…鷲尾」

 

香の目からはとめどなく涙が溢れている。

 

「…姫。これはあなたのためです。

 

籠から出てください」

 

一瞬、鷲尾が辛そうな顔をした。

 

香は、カラダになかなか力が入らず、それでもよろよろと籠から出る。

 

鷲尾の腕が、香を支えた。

 

「…あ…あ…」

 

嘘。

そんな…

まさかーー

 

香は絶望に目を見開いた。

 

籠の外ーーそこに立っていたのは、芳輝だった。信継は詩を抱いたまま、真白を預けていた宿に向かう。

 

詩を大事そうに抱えたまま真白に乗り、温泉宿へ向かった。

 

「…」

 

詩は何も言わず、信継の胸にしがみついている。

 

「…」

 

信継は厳しい顔でーー前を見つめた。

 

「…桜。

高島のせいで、辛い目に合わせてすまない」

 

「…」

 

詩はただ黙って信継の胸の中にすっぽり包まれている。

 

「…桜を手放せない以上、必ず守る。

 

だからもうーー俺から離れないでくれ」

 

「…」

 

「…牙蔵達がいて…良かった…」

 

苦く吐き出すように、信継は言った。

 

店でーー詩を見失った時、信継は血の気が引いた。

 

まわりの女たちに詩が小さい子と出たと聞いて、必死に探した。

 

自分ならば、どんなことでも受け入れる覚悟がある。

生まれた時から、高島の嫡男だからだ。

 

ただーー

 

こと、詩のことになると、信継は身を切られるより辛い思いだった。

 

愛する女子を守れずして、自分に何が守れよう。

 

信継は片腕で詩をまたぐっと抱きしめた。

 

詩は小さくて

こんなにも小さくてーー

 

女子なのだ。

 

自分とは違う。

 

守ってやりたいと思う。

愛しいと思う。

 

それなのに。

辛い思いをさせて、衝撃を受けさせて、泣かせた。

 

「…っ」

 

信継はギリっと唇を噛むと、真白を駆って先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

「桜。着いたぞ」

 

温泉宿に着くと、迎えが出てくる。

 

予定よりかなり早く着いた。

こんなことにならなければ、もっと街道沿いを散策する予定だったのだ。

 

馬から降りる時も、詩は黙ったまま信継にぴとっとくっついて、離れそうもない。

 

「……」

 

「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」

「まあまあ、仲がよろしいことで…」

 

顔見知りの宿の女将と主人がにこにこと迎える。

 

信継はほんの少し赤くなって、詩を抱いたまま、また真白を降りた。

 

「…世話になる」

 

真白は宿の馬番が丁寧に連れて行った。

 

信継は詩を抱いたまま、促されるまま宿に入った。

 

 

「こちらはそのまま温泉に入れる離れになっております、どうぞごゆっくりなさってくださいませ」

 

案内された部屋は、例年通り一番格式の高い部屋だった。

温泉特有の熱気と硫黄の匂いが漂う。

 

「ああ」

 

宿の女将が頭を下げ部屋を出る。

 

信継は部屋について、詩を下ろそうとした。

 

ーーと

 

詩は離そうとするとまたぎゅっと信継にしがみつく。

 

「桜。

 

血糊が…。着替えて早くカラダを洗わないと」

 

詩は小さく首を振る。

 

「…っは…っ」

 

信継はカッと照れて赤くなった。

 

詩の、こんな子どものような仕草を見るのは信継は初めてだった。

恋焦がれ、手に入れたいとはっきり告げた。

だが、好きな気持ちだけで無理矢理我が物にするのは止めた。

詩はまだ14歳前だ。

早すぎるということはないもののーーそれだけ信継は大事にしたかった。

詩も。詩の気持ちも。

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