の年齢に例えれば、三十三歳から四十歳くらいまでの間である。ということは、副長より上で島田よりかは下ということになる。
もちろん、永倉と野村、それから俊春とおれよりかは上であることはいうまでもない。
相棒が俊春を子ども扱いしているところはウケるが、なにゆえおれのことは子ども扱いしてくれないんだろう?
ああ、そうか。おれのほうが俊春よりしっかりしているからか。
ってかんがえた瞬間、生髮藥副作用 おれの膝のうしろになにかがあたった。その不意の接触に、がくっと膝が折れてしまった。
「な、なんですか、ぽち?なにゆえ、膝カックンをやってくるんです?」
カックンされた膝を立て直しつつだけうしろへ向け、俊春にクレームをつけてしまった。
「おぬし、わたしに喧嘩をうっておるのか?」
「はい?なんておっしゃいました?」
「ぽちは、「ファック・ユー」っていったんだよ」
かまってくれなくってもいいのに、野村がいらぬことを口ばしってきた。
「ふむ。利三郎、いまのはなかなかグッジョブであったぞ」
そして俊春は、「ファック・ユー」という教育上よくないスラングを容認どころか称讃する。
「なにいってるんです、ぽち。あなたに喧嘩をうるわけないでしょう?」
「きこえておったのではないか。なにゆえきこえぬふりをし、わたしにわざわざ二度も三度もいわせようとするのだ?」
「あなたの質問は、いつもツッコミどころ満載すぎるんですよ。ってか、想像の斜め上どころか宇宙レベルのたかさをいきまくっているんです。おれの耳が悪いのか理解力がないのか?それとも、その問いはなにかの伏線で、自分でなにかを導きださねばならぬのか?いつも迷ってしまうのです。つまり、意味がわからなさすぎるんです」
俊春のかっこかわいいをしっかりとみすえ、いっきにまくしたてた。
そのとき、またしても相棒が二人の間にわりこんできて、お座りしてからおれをめっちゃにらんできた。
その狼面、怖すぎだろう……。
「往来でなにやってんだ。主計のヒステリックな声が、三里四方に響き渡ってるぞ」
「いや、土方さん。いくらなんでも、三里四方ってのは盛りすぎであろう」
永倉が、副長のいわれなき誹謗中傷をすかさずツッコむ。
ヒステリック?盛りすぎ?
新撰組は、どんどん現代チックな職場環境になってきている。
今日は数か月ぶりの公休日なのに、「すぐに出社しろ」的な鬼LINEがくるようになるのも、そう遠くないことかもしれない。「だって、ぽちはいっつもどうでもいいようなことなのに、突拍子もない問いを投げかけてくるんです。ゆえに、思わずきき返してしまうのです。ぽちはおれがなにゆえきき返しているのかわかっているくせに、難癖をつけるんですよ」
担任の先生に、同級生との喧嘩のいい訳をしているみたいだ。
「ほう……」
副長は、イケてるに半信半疑ってか、ぶっちゃけ疑いまくっている表情を浮かべた。すらりときれいな指先で、ムダに形のいい顎をさすりつつ、俊春へとを向ける。
すると、俊春は気弱そうな、それでいていまにも泣きだしそうな様子でうつむいたではないか。
な・・・・・・・。
一方的に主計にいじめられてる感満載の、この無言劇はなんなんだ?
「くーん」
父親が、そんな息子を心配するのは当然である。相棒は、つやつやとうるおいのある鼻先を俊春のだらりと下げられている左掌に押しつけ、慰めている。
「ストレスってやつか?」
副長のがまた、おれの方へと戻ってきた。
長州藩の軍服も、ムダにキマッている。
「ストレスって……。おれのヒステリーがですか?ってか、ストレスってよくご存じですね」
副長に『ストレス』、なんて言葉を教えたのは、いったいだれなのか?
容疑者は二人である。しかも、その二人ともが、日頃からおれを陥れようと爪牙をみがいている。
「ストレスがたまったら、自身だけでなく周囲にも影響を及ぼすのであろう?ならば、ストレスフリーの環境にすることを、あるいは環境に身をおくことを心がけるべきだな」
マジなでいってきた島田の言葉に、ヤバい系の薬でトリップしたみたいにぶっ飛んでしまった。
もちろん、そんな薬をやったことはない。ゆえに、ただの想像での比喩表現である。
やはり、おれはいつの間にか現代に戻っているのか?いや、寝落ちしている?これは、夢なのか?
きっとそうだ。目が覚めたら、以前のように古き良き時代の新撰組に戻っているにちがいない。
「ああああ?おかしいじゃねぇか。なにゆえ、主計にストレスがたまるんだ?おれがいいたかったのは、主計がぽちにストレスを与えてるってことだ」
「いや、土方さん。それだったら、ストレスじゃなくってプレッシャーってやつであろう?でもまぁ、主計はいかにもストレスがたまらなさそうってだよな」
「なんでですか、永倉先生。おれはこれでもストレスで胃をやられ、血便や血尿に悩まされ、食欲不振になったり逆に過食したり、髪の毛が抜けたり頭痛がしたりと、「ストレス・ザ・マン」と二つ名をつけられるほどストレスを抱えまくっていたんです」
関西人としては、ここは盛りまくって笑いをとるところである。
「ぽち、気にするな。馬鹿はスルーしておけ。イジメにあうようなら、おれが倍返しどころか、万倍返してやるからよ」
ちょっ……。
副長に「倍返し」なんて教えたのも、さっきとおなじ容疑者にきまっている。
副長に慰められた俊春は、
なりに、挨拶やみかじめ料が必要であろう。テキ屋や大道芸人の常識ではないのか?
「それにしても、じつに独創的な飴細工ですな」
俊冬は男の答えをスルーし、並んでいる飴細工を一つ一つガン見する。「はは・・・。商売をはじめたばかりでして・・・」
若い方が、肺癌篩查 苦笑交じりに応じる。若い方の男も、年配の男同様、額にムダに玉のような汗が浮かんでいる。そして、ムダに揉み手をしている。
「それはそれは・・・。なれど、一人前の飴職人の技量は、かなりのものですぞ。すくなくとも、「これはなにか」がちゃんとわかる程度のものは、つくれるはずでございます」
俊冬は、やわらかい笑みを浮かべる。それから、子どもらに提案する。
「鉄、銀。ぽちが飴細工を披露してくれる。なんでも好きなものをいいなさい」
とうとう、俊春の二つ名はぽちになってしまったらしい。
「わたしは、金魚がいい」
「では、わたしは雉がいい」
市村、それから田村は、容赦なく難易度の高いものを要求する。
無言でうなずく俊春。それから、脚でふいごを踏み、準備にはいる。
とんだなりゆきに、飴売りの二人は声もない。ただ呆然としている。
俊春は、手際よく作業をすすめてゆく。
飴細工の作業工程は、「YOUTUBE」でみたことがなかったが、それでも俊春の作業が手際がいいことはわかる。圧巻は、葦のさきから空気を吹き込んだのち、和鋏で形を整えてゆく作業である。
ちいさな鍋で熱された飴の塊に、の宿る瞬間である。
所要時間わずか数分。あっという間に、金魚と雉ができあがった。
「ほー」
斎藤と二人、ほれぼれと眺める。子どもらは、大興奮である。
本職をみると、かれらですらうっとりみているではないか。
「ぽちは犬ゆえ、おおざっぱであるな」
俊冬の謎解釈。
「悪うございました、たま。どうせ、猫のほうが素晴らしいのでしょうとも」
そして、俊春の謎ヨイショ。
双子は、異世界転生で飴職人もやっていたというわけだ。
それにしても、いまにも泳ぎだしそうな金魚と、空へはばたきそうな雉である。このクオリティなら、ここで商売するよりかは、ちゃんとした店をかまえたほうがいいにきまっている。
「「でこちんの助」殿は、お元気か?」
不意に、俊冬は飴売りたちのほうへ体ごと向き直り、尋ねる。
「たま。だから、「でこぴん野郎」と申しておりましょう」
そして、使った道具をきちんと並べなおしながら、俊春が横槍をいれる。
「馬鹿を申すな、ぽち。「でこちんの助」と、あれほど申しておるではないかっ」
「なんですと?あれはどうみても、「でこぴん野郎」ではありませぬか?」
「「でこぴん野郎」などと・・・。かような無礼な二つ名があるかっ!」
キレまくる俊冬。とつじょはじまった兄弟喧嘩に、子どもらも飴売りたちもひいている。
「でこちんの助」と「でこぴん野郎」の論争再びである。
それらは、長州の大村益次郎のことを指している。
「なんと・・・」
俊春は、泣きそうなで兄にちかづく。
「無礼なとは、どういう了見で申されておいでです、たま?「でこぴん野郎」とは、最大限の敬意を表してのこと。たまこそ、「でこちんの助」などと、馬鹿にしまくっているではありませぬかっ」
切々と訴える、俊春。
「おいおいおい、ぽちよ。「でこちんの助」こそが、古今無双の二つ名。あのでこは、それ以上でも以下でもないわっ!愚か者めが」
どんどん激昂する俊冬。このままだと、どーでもいい論争で弟をぶっ飛ばしそうな勢いである。ってか、これってなにかオチがあるのか?
「愚か者?」
俊春は、斎藤とおれと相棒へ、すがるようなで訴えてくる。そして、さらには飴売りたちへも・・・。
「このわからずやのたまに、あなた方からも申してやってください」
と、懇願がおわるよりもはやく、飴売りたちは地面におさえつけられている。
刹那とか瞬きとか、そんな表現などながすぎるくらい、超絶神速のできごとである。
「「でこぴん野郎」にじかに会い、命じられたのであろう?なれば、「でこちんの助」とどちらがふさわしいか、申すまでもないな?」
俊春は、右掌では若い方の男の項を、左掌では年配のほうの男の項をそれぞれ握り、片膝ついて地におさえつけている。
その声は、これまでとちがって冷酷な響きがこもっている。俊春の掌におさえつけられながら、飴売り、いや、長州の間者たちは抵抗どころか指一本動かせないでいる。
「なれぬ間者など、せぬほうが身のためだな」
俊冬は、地におさえつけられている間者たちの
一方で、桜司郎は布団の中で暗い表情をしていた。これまで見てきた数々の女達の涙を思い浮かべる。久坂を愛した妓、明里、琴、歌──。
ウメのことはよく知らないが、それでも同じ性を持つ者としてはその思いが理解出来た。愛する人の身を案じ、自身の思いを押さえ付けて送り出した心。突然上洛の話しを聞かされた時は、どれほど辛かったのだろうか。
快く見送るか、離縁するか……それはどちらを選んでも愛する伊東とは共に居られない。その心中は穏やかではないだろう。選ぶ余地があるように見えて、無いに等しい。
いと思った。artas植髮 心は既に志へと向かっているのに、妻に選択をさせる。涙を飲んで送り出した妻の、精一杯考えた苦肉のを狂言だと言い捨てる。
置いていかれる者の気持ちを考えたことがあるのか、と桜司郎は叫びたかった。
だが、大切な者を犠牲にしてでも志を遂げたい伊東の気持ちも分かるのだ。
桜司郎は左胸の刻印に手を当てて、目を固く瞑る。""とのしての自分、そして桜之丞の薄らとした記憶が胸の中でせめぎ合う。
置いていかれる辛さ、置いていくことの辛さを知っているからこそだ。
桜司郎は顔の前で手を重ねると、寝ながらる。そして彼女達の心中を思いながら、涙を流した。
──この時代の女子って何なのだろう。ただ愛する人と共にいたいだけなのに、それすら叶わない。それでも生きるために、前を向いて歩まなければいけないなんて。何と残酷で儚い世界なのだ。
それでも行く末をこの目で見てみたい。その気持ちは変わらなかった。
土方と伊東の声が遠くに聞こえる。やがて重い瞼を閉じると、右胸の刻印がチクリと疼く。頭の中が空っぽになるのと同時にたちまち懐かしい夢を見た。
藍色の着物に、艶やかな黒髪。涼し気な目元を細めて、こちらを見る男が桜の木の下に立っていた。その視線には慈しみと愛しさが含まれている。
──名前も顔も知らない筈なのに、何故そのような目で私を見るの?
ねえ、と話し掛けようと一歩踏み出したところで身体に衝撃が走った。一気に現実に引き戻される。
パチリと目を開くと、足元には土方が立っている。下戸なのにも関わらず伊東と呑んだせいで足元が
そこを行けば伊東は ずに桜司郎の足を蹴ってしまったのだろう。
「……ぁ、すまねえ、起こしちまった」
桜司郎は寝ぼけ眼を擦ると、数秒の間土方をジト目で見つめた。そして身体を起こす。
「副長……。早く寝ないと、障りますよ」
「わぁ……かってらァ。水を、飲みたくてな……」
伊東はどうしたのだ、と横を見ると既にスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。酒に強いのと弱いのとではこうも違うのかと溜息を吐くと、桜司郎は立ち上がる。
「私が取りに行きます……。その足取りで階段なんて降りたら、副長死にますから」
"大事"な夢を邪魔されたからか、桜司郎の口調はいつもより強い。土方はバツが悪そうに頷くと、促されるままに自身の布団へ座り込んだ。
桜司郎は水差しと湯のみを手に部屋へ戻ると、土方へ渡す。それを飲むと、糸が切れたように土方は横になった。 外を見れば、まだ夜明けは遠そうである。すっかり起こされてしまったと土方を恨めしげに見ると、再度布団に潜る。そして一瞬見た夢の内容をぼんやりと思い起こした。
あの
に残るか、俺と来るか」
その問いに桜司郎は軽く驚く。実家には流石に着いて行けないかと思っていた。かと言って、此処に居続けるのも居心地が良くない。何処か宿を取って引き篭ろうと思っていた矢先だった。
「ご、ご実家にお邪魔するなんて迷惑では無いですか」
「いや、別に迷惑じゃねえよ。yaz避孕藥 よく試衛館の連中も来ていたしな。おい、斎藤。お前は実家に帰るか?」
それに斎藤は小さく首を横に振る。彼には誰にも言えぬ実家には戻らない理由があった。それに特段恋しいと思うこともない。それだけの覚悟を持って実家を出たのだ。
「何だよ、それなら皆揃って俺の実家へ行こうぜ」
土方はくつくつと笑うと、さっさと荷物を手にする。そしてまた来る旨をツネと周斎へ伝えると、試衛館を出た。土方の実家は多摩の石田村というところにあった。石田村と試衛館を往復しようとすれば半日はかかる程の距離がある。
春の景色を楽しみながら歩けるから良いものの、これが夏だったら行き倒れているかも知れないと桜司郎は肩を竦めた。
とはいえ、疲労の色は徐々に濃くなる。足を引っ張る訳には行かないという意地だけで歩いていた。
土方は桜司郎を横目で見る。桜司郎の足取りの重さに気付いていたのだ。いつ根をあげるかと見ていたが、江戸の男らしく意地っ張りなところがあるものだと口角を上げる。
「おい、そこの茶屋で一休みしようぜ。喉が乾いた」
土方はそう言うと、少し先に暖簾を出している茶屋を指さした。斎藤は無言で頷き、桜司郎はみるみる表情を明るくする。
土方は苦笑いを浮かべると、先頭に立って暖簾を潜った。
茶と餅がそれぞれ運ばれてくる。軒先の な光景を眺めた。
「懐かしいな、よくこの道を薬箱と木刀を背負って若い頃は往復したもんさ」
土方は茶を啜ると、懐かしそうに目を細める。その視線の先には若返りし自身の姿が映っていた。
家業である"石田散薬"の行商がてら、道場破りや試衛館での稽古に励んでいたのである。
──あの頃は、まさか自分が憧れていた武士になれるなんて思いもしなかった。
「薬箱と木刀って……不思議な組み合わせですね」
桜司郎が首を傾げると、斎藤がフッと口元を緩める。
「俺は直接見た訳ではないが。対戦相手をボコボコにして、怪我や打ち身によく効く薬だと売り付けたと聞いた」
そう言われ、土方はバツが悪そうにそっぽを向いた。腕試しにもなり、良い行商相手にもなり一石二鳥だったのではないか。荒々しいが、土方には商才がある気がすると桜司郎は感心した。
「偉そうな口利いておきながら、アイツらが弱ェのがいけねえよ」
「……ですが、そんな貴方ももう泣く子も黙る新撰組の副長だ。ご実家も誇らしいでしょう」
斎藤の打算のない言葉に照れ臭くなったのか、土方は無言のまま耳を赤くする。喧嘩や女との痴情のもつれ等の決して良いとは言えない揉め事ばかり起こして来たが、やっと遅咲きながらも胸を張って実家へ帰れるようになったのだ。
土方の胸に感慨深さがじわじわと滲みつつも、これ以上褒められるのは居心地が悪い、と土方は茶を飲み干し立ち上がる。
「よ、余計なことくっちゃべってると、日が暮れちまうぜ。早く行くぞ」
その様子を見た斎藤と桜司郎は目を合わせ、意味ありげに笑った。
桜司郎の中にあった緊張と畏れも、疲れと共に解れていく。
再度歩みを進めていると、土方が口を開いた。
「おい、斎藤は分かっていると思うが。鈴木は姉の"とく"には気を付けろよ。やたらと勘が鋭いンだ。嘘も
──江戸、か。確かにあの頃は食う物に困ったとしても、皆笑っていた。だが今はどうだろう、名が売れるようになって生活も困らなくなったというのにギスギスしている。
山南さんも辛かろう。きっとあの左腕は戦闘には耐えられない。剣士として生きたかった人だからこそ、余計に苦しんだではないか。
「沖田はぁん、Accounting Services hong kong 鈴さぁんッ!ワシも仲間に入れてくれや…ァ。寂しいやんかッ…!」
泥酔に近い松原は二人の間に割り込んでは、それぞれの肩に手を回した。
「わ、松原さん…。随分出来上がってますね」
「忠さん…臭いですよ」
二人の苦笑を受け、松原は太い眉毛を八の字にする。
「なんや、酷いやないかァ…。姐ちゃんも酌する相手がおらんかったら、商売上がったりやと思て…」
松原はクスンと鼻を啜り、大袈裟に悲しむフリをした。沖田と桜司郎は顔を見合わせると、笑みを浮かべる。
「分かってますよ、有難うございます。大した話はしていなかったのですがね…。山南総長の最近のご様子について、桜司郎君と意見を交わしていました」
沖田の言葉に、松原はこめかみを搔いた。思い返すように視線を天井へと彷徨わせる。
「せやなァ……。土方副長と言い争う頻度は増えた気はするな。問題になっとらんから、些細な事やとは思うんやけど」
それを聞いた沖田は瞳を伏せた。
土方はどうしても伊東を受け入れられないが、山南は伊東に対して友好的である。
山南としても伊東は同門の絆があるため、邪険に扱われるのは見て見ぬふりは出来ない。
土方は土方で、試衛館で切磋琢磨した仲の自分より伊東を庇うことが面白くなかった。
意外と頑固な山南と、意地っ張りな土方が衝突するのは火を見るより明らかである。
それでも互いを尊重し合っている面もあり、本気で敵意や悪意をぶつけている訳ではなかった。
しかし、後日。山南と土方が決定的にぶつかる出来事が起こることになるとは、この時誰も想像すらしなかった。年末を直ぐそこに控えた年の瀬の話である。
誰が先に言い出したのか、屯所が狭いという話になった。
組頭は二、三名で一つの部屋と優遇されているが、平隊士に限っては の雑魚寝に近かったのである。
冬こそまだ良いが、夏に限っては地獄を見ることは間違いなかった。
そこで、いよいよ屯所の移転を検討する段階になって来たと幹部総出で重い腰を上げたのである。
前川邸の一番広い居間に集まったのは、近藤、土方、山南、伊東、斎藤、永倉、原田、松原、武田の九名だった。
沖田と井上は巡察の為、不参加となる。
「新撰組の知名度は良くも悪くも上がってきたとは云えよォ、この京で受け入れてくれる場所なんて無ェんじゃねえの」
何処か微妙な空気を切り裂くように、原田が発言した。それは誰もが思っていたことだった。
「いや、一つだけあるぜ」
「本当か、土方君」
腕を組んでじっと黙っていた土方は口を開く。重低音の声が部屋全体に轟いた。
「西本願寺、だ。流石に全部寄越せとは行かねえが、一角を拝借しよう。境内はだだっ広いし稽古に向いている」
その発言に、部屋の中はざわつく。西本願寺とは、読んで字のごとく寺院だ。幕府ご恩顧の郷士の前川邸や八木邸を借りるのとは話が異なる。